仏壇

 

 

今日は父の誕生日。生きていれば、84才。

毎年恒例、仏壇にビールをお供え。さあ、飲め。

 

以前も書きましたが、私の両親は、とにかく生き急いでた。

 

>>ウォーターベッドの上で。 | ひーのためごと★restart
 

そのせいで、期間は約15年と長期にわたりましたが、両親を介護する生活のスタート時期も終了時期も、かなり早かった。
普通の方なら、親御さんの介護が始まる年代に、私は両親を亡くしたのです。

 

在宅介護ではなかったものの、精神的にきついことも多々ありました。
でも、若かったから、一人っ子だったから、様々な人たちが助けてくれ、何とかひとりで頑張れたのかもしれない。

 

母が亡くなって25年、父が亡くなって10年。
そこそこ高齢のダンナの両親が、大きな病気もせず、介護に無縁の元気な生活を送っているのを見ると、私と実の両親、3人それぞれが辿った運命に、複雑な思いを抱きます。

 

思い通りに生きたのかもしれないけれど、自分を大切にして欲しかったなあって。

 

 

 

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注意
▲とあるスーパーの駐車場にて。誰が思いついたんだか。


一昨日の9月6日は、父の誕生日でした。
生きていれば、81才。

今の住まいは、元々は、私が1人暮らししていたマンション。要するに、私の実家です。
当然、私の両親をはじめとした先祖が住む仏壇も置いてあります。

お互い一人っ子ということもあり、彼もすんなりその状況を受け入れてくれ、結婚当初から、気を遣いつつも妙な遠慮はしない、絶妙な態度で接してくれています。
お盆には、彼の両親もお詣りに来て下さいます。

仏壇の置いてある和室は、それまでほとんど活用することがなかったのですが、今では物置がわりになったり、彼が仕事で使うマシンが鎮座したり。

同居人がひとり増えるだけで、家の中はずいぶん賑やかになり、物も増え、雰囲気も変わるものですね。
またその同居人が、テレビ好きでおしゃべり男なものですから、静かになる暇がありません。おしゃべりが止まったなと思ったら、イビキかいて寝てますから。

私の父は、とても寂しがり屋でした。
年齢が上がるごとに、その傾向は顕著となり、誰彼となく話しかけるようになりました。気の合う人とのおしゃべりも大好きになっていました。

若い頃は、父がこんなにさびしんぼうだとは思わなかった。
厳しい時代に生まれ、聞くところによると、長男でありながら、親の愛情をそれほど受けずに育ったらしい父。ずっと深い闇を心に抱いてたのかもしれません。

その結果が、様々なやんちゃな行動。そして、酒やばくち。

むちゃくちゃな生き方をしてましたし、私への依存度はやや病的なところもありましたが、それでも私のことを本当に大切に思ってくれていました。
ずっと独身だった私の将来を、亡くなる前まで案じてました。

話し声や笑い声が絶えない家になって、喜んでるかな。私たちのおしゃべりに参加してくれてるかな。
ずいぶん晩婚になってしまったけど、安心してくれたかな。

最近になって、やっとそんな穏やかな気持ちで、仏壇に向かえるようになった気がします。

 


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今日1月6日は、父の祥月命日。
平成21年に亡くなったので、七回忌です。

七回忌という大切な区切りの日なのですが、普段と変わりません。
お寺さんを呼ぶタイミングを逸してしまったのもあったのですが、誰を呼ぶというわけでもないので、法要はもういいかなって思いまして。
ひとりしみじみ感じ入る日にしようかなって。

何よりも父は、お線香のにおいが大嫌いでしたから。
生前、仏壇に手を合わせるなんてこと、絶対にしない人でしたから。

「わしが死んだら、そこらへんに埋めとけや。死んでしもうたら、みんな一緒や」って、よく言ってました。
「そんなことしたら、私、犯罪者になってしまうから、嫌や」と、よく言い返してましたっけ。

6年も経ったのに、未だに遺品整理ができていません。
だけど、それ以上にどうしようかと考えているのが、父のすっとこどっこいの言葉を寄せ集めて紹介していた、「今週のすぎやん」というブログ。

最初は、一周忌が過ぎたら、撤去するつもりでした。独自ドメインを取得しているので、固定費もかかってますし。
それが、三回忌を終えても撤去せず、気が付けば今日は七回忌。

まあ、私がずぼらで面倒くさがりということもあるのですが。

更新が終了し、そのまま放置した状態で、既に6年経過。
ほったらかしにもかかわらず、未だに結構な数のアクセスがあるのが、不思議です。

訪問者の内訳で圧倒的に多いのが、病名で検索して訪問くださる方々。しかし6年以上も前の話なので、ネット上の情報としての旬はとっくに過ぎており、何の役にも立ちません。
ネットでの存在意義は、もう終わったんじゃないかなという思いがあります。

そんなこともあって、「今週のすぎやん」を何らかの形にして残したいと思っており、実は書籍化も考えていた時期もありました。
でも正直、自費出版なんて大仰だし、何よりも結構なお金がかかります。

6年も前に死んだ父ちゃんへの追悼に、大金を使うつもりは、毛頭ない。

方策を模索し続け、電子書籍化が一番妥当かなという結論にたどり着いてはいます。
しかし、調べても調べても、わからないことが多く、かなり手間暇かかりそう。

できるのか、私。

だけど、ほんとに、何とかしたいです。
遠い記憶になってしまう前に。




仏壇には、とりあえず、ビールを供えます。
 

 


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ほぼ毎日医者通いをしていた日々から、約2ヶ月。

あれから内科は無事終了、歯医者での虫歯治療も、先日終了。
婦人科への通院は1ヶ月に1度の割合ですので、残るは整形外科でのリハビリのみ。

現在は、週に2度くらいのペースで、首の牽引治療と、理学療法士によるマッサージを受けてます。
10代からつきあっている頑固な肩こりですので、すぐに治る見込みはないですが、頭痛の発生頻度が低くなったのがうれしい。

リハビリルームには、ウォーターベッドが2台設置されています。

先日、ベッドに寝転んでマッサージしてもらっている時のこと。
別の患者さんがウォーターベッドでの治療を受けられているのをぼんやり見ていると、担当の理学療法士の先生が「乗ってみます?」と声を掛けてくれたのです。

「ほんとにいいんですか?」
「いいですよ」

お言葉に甘えて、マッサージ終了後に、ウォーターベッドに寝転びました。
ベッドの上はぷよんぷよんしていて、なんだか妙な感じです。体がずれないよう、足首のあたりにおもりが置かれ、スイッチオン。

ベッドの下に仕込まれている水が規則的に動き、体をやさしく叩くような感じでマッサージしてくれます。
マッサージチェアのように、ぐいぐい押したり叩いたりという感じではありません。人によっては酔うような感じの振動で、決して痛くはないのですが、なんともいえずいい塩梅で、ほわーんとなってしまいました。

うとうととまどろみながら、頭に浮かんだのは両親のこと。
こういうの、もし父が生きてたら、喜んだだろうなあ。もちろん、母だって。

思えば両親って、病気になるのが早すぎた。
現代の医療を受けていれば、もしかしたら母はまだ健在だったかもしれない。
父の障害の程度も、もしかしたら違っていたかもしれない。
この日の私のように、両親も診療所のウォーターベッドに寝転んで、至福のひとときを過ごせたかもしれない。

薄情なようだが、今でもふたりに生きていてほしかった、とか、そういう感傷的な思いは私にはない。亡くなった時期が、ふたりの寿命だったんだと思う。
だけど、ただただ、ふたりは、病気になる時期が早すぎた。

形は違えど、ただひたすらに突っ走り、生き急いでたふたり。それでも彼らにとっては、きっとそれでよかったのだ、後悔していないのだと思う。
でも、そんなに生き急がなくてもよかったのに、もっと自分を大事にしてほしかったとも思う。

ベッドの振動が止まるまでの10分ほど、今まで経験したことのない揺らぎが、ちょっと不思議な世界に私を連れて行ってくれたのかもしれません。




帰宅後は、半分ふぬけ状態(笑)。


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明日2月11日は、母の誕生日。生きていれば、80才です。

最近、ある友達に言われたのです。

「両親の命日とか誕生日とか、年月日まで完璧に覚えてるってすごいなあ」

その友達のご両親も既に亡くなっているのですが、「親の誕生月や亡くなった月くらいは覚えているけど、正確な日は曖昧で普段は思い出さないし、何年生まれとか、何年に亡くなったのかなんて、記憶をかなり辿らないとわからない」って言うのです。

特別「すごい」と言われることでもないと思ったのですが、言われてみれば、なんでこんなにはっきり覚えているんだろう。特に、ふたりの誕生日。
母の場合は祝日で記憶に残りやすいのですが、父の誕生日はごく普通です。

で、つらつら考えて、思い当たったこと。

両親は、なぜか自分の字に、非常にコンプレックスを抱いていたようでした。
確かに美しく整った字ではなかったですが、読めないという字でもなかった。それなのに、ふたりとも「(自分の)字は汚い。書くのが嫌や」と、よく言ってました。

そのコンプレックスからか、小学校に上がってすぐ、母は近所のお習字教室に私を通わせました。
そしていつ頃からか、あらゆる書類の記入を、私にさせるようになったのです。

お習字を習っていたからとはいえ、私の書く字は、所詮十代の子供の字。
めんどくさい以上に、恥ずかしかった。こんな字でいいのかとも思ってました。でも書くのを断れば、母から怒られます。

家でも、外出先でも、よく代筆させられたものです。

両親の誕生年月日が脳内にすり込まれ、今でもずっと忘れず記憶しているのは、この代筆の影響だと思います。十代の頃から、本籍地住所まで記憶してましたもん。

友達の言葉がきっかけで、ずっと忘れていたことを、久々に思い出しました。




おかあちゃん、誕生日、おめでとうね。



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今日1月10日は、母の祥月命日。
平成6年に亡くなったので、今年でちょうど20年経ちました。

20年前の今日、確か午前中だったと思うのですが、母の容体が悪いからすぐ来て欲しいという病院からの電話が、当時勤務していた会社に入りました。社内にいた上司に訳を話してすぐ早退し、病院に向かいました。

親戚たちに連絡を入れると、1〜2時間でみんな駆けつけてきました。

母は、入院していた病院で、長年看護助手として勤務していました。
顔なじみの看護師さんたちも、お仕事の合間に顔を見せて下さいました。母がとても慕っていた総婦長さんまで、わざわざ来られました。

人の生死をずっと見ている看護師さんたちは、母がもう夜を越すことはできないと、瞬時に悟られたはずです。
中には、涙を見せていた看護師さんもいらっしゃいました。

具体的な言葉はもう忘れてしまいましたが、総婦長さんが私にかけて下さった言葉は、とても優しいねぎらいの言葉だったことは、はっきり記憶しています。

母が亡くなったのは、夜。
その直後からの記憶が、なんだか飛び飛びになっています。
一連の行事が、実感のないまま、夢のように過ぎていった気がします。

入院したのが、前年の1月13日。その1年後の1月13日が、葬儀となりました。
会場の都合だったのですが、あまりの偶然に声を失いました。

父は既に入院中でしたので、私が喪主を務めましたが、当時はフォーマルウェアすら持っていなかったので、慌てて隣町のデパートまで買いに行ったことを思い出します。

このフォーマルウェア、今でも現役。
父の葬儀も、同じ服を着て、喪主を務めました。

母が亡くなってからしばらくは、よく母の夢を見ました。
「母は、もう、いないんだ」という現実を受け入れられたのは、一周忌の直前くらいじゃなかったかな。
その頃には、夢もあまり見なくなっていました。

あれから20年。

先日の記事にもちょこっと書きましたが、父の遺品よりも大変なのが、母の遺品の整理。

父の場合、「現在」を大事にする人で、あまり物に頓着しない方でした。自分の中にため込まれた「過去」を、他の人に聞かせることで満足しており、若い頃の思い入れのある物などは、全くと言っていいほど残されていませんでした。

対して母は、基本的に「捨てる」ことができない人でしたので、膨大な「過去」を保管していました。はっきり言って整理も下手だったので、どれが本当に大切なのか、本人にしか分からない。
機会があるごとに少しずつ処分してきましたが、それでもまだ衣装ケースにぎっちり詰まってます。

でも、いつかは、私自身の手で整理しないといけないのです。
私の代で家系が絶えるのは、もう確実なのですから。

何とか思い切らなきゃ。




両親の物が、まだ押し入れを占拠しているんですわ。



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今日1月6日は、父の祥月命日です。あれからもう5年も経ってしまいました。
来年には、早くも七回忌が巡ってきます。

5年前の今頃は、ひとりでめそめそ泣いてたなあ。

こんなに月日が流れたのに、父が亡くなる直前まで使っていた私物を、まだ整理できずにいます。それほど多くないのに、です。

老人ホームで暮らしていたので、タンスやテレビ、冷蔵庫など、大きめの家具は、退去手続きの時に処分。
車椅子や食事時に使っていたワゴンは老人ホームに寄贈。
加湿器は私の仕事部屋で活躍中。

杖やほとんど使わなかった足の装具は、寄付。
東日本大震災の直後、とある装具メーカーが被災地に装具類を届けるプロジェクトを実施、新品未使用品や新古品を募集していたのです。それに乗っかりました。
未開封の介護ウェア、リハビリパンツや紙オムツは、ヤフオクで売却。

残っているのは、使用済みの服や下着類をはじめ、コップやビールグラス、やかんやお箸に水筒、卓上時計や携帯ラジオ、まるで暗号のようなメモ類など、日常生活で父が亡くなる直前まで使用していた物たちです。

洋服類は、押し入れの衣装ケースの中で眠っています。
それ以外は、仏壇の横にある台に、「しばらく」のつもりで飾ったのですが、5年間そのままの状態です。

もうそろそろ、思い切って整理しないと。




父の遺品よりも、もっと大変なのが、母の遺品類。



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今日9月6日は、父の誕生日。生きていれば、77歳。喜寿です。
1月6日に亡くなったので、月命日でもあります。

時々、ふっとした時に父のことを思い出すのですが、今でも「あの決断でよかったのかなあ」と思うことが、いくつもあります。
そのひとつが、気管切開をしなかったこと。

父は亡くなる2ヶ月前、11月に入院、年末近くになって容態が急変、年明けからは多臓器不全の状態に陥りました。

心不全を防ぐための気管切開を主治医が提案してきたのは、亡くなる2日前。

常にマラソンをしているような呼吸を、毎日続けていた父。それでも必死で、私に話しかけてきてました。
あの時、父はほとんど気力で頑張っていたと思います。

気管切開をして人工呼吸器を付ければ、呼吸は楽になりますが、会話は不可能となります。
それに、心不全が防げたとしても、遅かれ早かれ腎不全に陥るだろうというのが、主治医の見解でした。

逡巡した末、私の一存で、気管切開は見送りました。

呼吸だけでも楽にできた方がよかったのか。
でも、腎不全になると別の苦しみがまた待っている。

どういう決断をしていても、きっと父はしんどかったと思う。
あのときのあの決断は、間違いではなかったと思う。

だけど、「あれでよかったのか」と、今でも思い返します。





どんなに短くても、このくらいの年齢までは確実に生きると思ってたんだけどなあ。

 

 

 

 

 


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明日は七夕様ですね。
スーパーへ買い物に行って、スーパーの入口に短冊がぶら下がった笹が立てかけてあったり、生花コーナーに笹が置いてあったりしたので気付きました。

子供がいないと、こういう行事には、かなり疎くなってしまいます。

で、久々に思い出したこと。

父がまだ老人ホームで暮らしていた時のことです。
七夕前日に父に会いに行ったときに、スタッフの方が「何か書いて下さい」って、短冊を持ってこられました。

父は「そんなん、別に書かんでもええ」とか何とか言ってたのですが、せっかくなので何かひとこと書こうと、うんうん悩んでました。

そんな私を見た父がひとこと。

気が短いのが直りますようにって書いとけや」



即採用。


だって、父はまるで口元に脳みそがあるような人で、気に入らないことがあるとすぐぶち切れて、「あほ、ボケ、カス」レベルの暴言を吐く人だったんだもん。

自分で名言を口にしておきながら、「そんなこと書くな、スタッフにまた笑われる」と嫌がってたっけ。

思えばあの夏が、父と過ごした最後の夏だったんだよなあ。




年に1度の逢瀬の機会だから、天の川がお天気だといいね。

 

 

 

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