しろまる

▲ダンナからの誕生日プレゼント。私が好きな、しろまるのグッズです。

 

 

先日、55才の誕生日を迎えました。

 

1の位を四捨五入したら、60才。
おぼろげではありますが、「還暦」の背中が見えてきました。

 

還暦というのは、日本人にとっては、大きな節目です。
しかしそれ以上に、私にとっては、人生の大きな節目なのではないかと、ずっと以前から思っていました。

 

私の母が亡くなったのは、60才の誕生日の1ヶ月前。
我が家と親しくしていた、母方の従姉妹に当たる女性が亡くなった年齢も、60才。
ふたりとも、ガンでした。

 

偶然の中には、必然がある。この偶然は、私にもつながっているのではないか。
私の命は、60才で終わるのではないか。
特に30代から40代の頃は、漠然とした不安を抱いてました。

 

60才まであと5年だと考えると、今でも不安に思うことがあります。
でも、60才までビクビクしながら過ごすより、60才までに何ができるかということを考える方が、気が紛れていいんじゃないかと、思うようにしています。

 

やり残していること、たくさんあります。
それらを後回しにせず、ひとつずつでも片付けていこう。

 

亡くなった母や従姉妹なら、元気に生きている私の姿を望んでいるだろうし。

 

彼女たちの年齢に追いつくまで、あと5年。
私が母や従姉妹の年齢を超えていけるのか、私が無事に還暦を迎えられるのか、そんなことは誰にもわかりません。

今考えても詮無いことは、なるべく考えないでおこう。

 

そんなことを思った、今年の誕生日でした。

 

 

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救急搬送

 

 

私の親戚(A君)は、実家から少し離れた場所で、夫婦二人暮らし。
お母さんは既に亡く、彼の実家では、A君のお父さんが、ひとりで暮らしています。

 

A君のお父さんは、普段は元気に暮らしていますが、何しろ80才に近い年齢だし、持病もあるので、A君は実家に頻繁に顔を出し、お父さんの様子を見守っています。

 

先週、日本列島を襲った台風19号がやってくる直前のこと。


A君は、台風襲来に備え、実家の庭にある鉢植えとかを片付けておこうと、出勤前に実家に立ち寄りました。

お父さんは超早起きなので、いつもなら起床して活動開始しているはずなのに、玄関のチェーンがかかったままで、家に入れない。


運良く施錠されていなかった別の出入り口から家の中に入ると、ソファの上で倒れているお父さんを発見。

 

意識は混濁、言葉も支離滅裂なので、すぐに救急搬送、即刻入院。
現在もまだ余談を許さない状態が続いてはいますが、一命を取り留めることができました。

 

連日報道されている台風被害の状況や被災者の声、そして、A君のお父さん。
それらを見聞きしていると、「生きていることは、決して当たり前ではない」と、改めて思います。

 

台風襲来に備えていたから、助かった方もいる。
その一方で、準備はしていたものの、様々な要因で亡くなられたり、行方不明になったりしている方もいる。

甚大な被害を被りながらも、悲しみや苦しみを抱えつつも、助かった命を大切に、頑張っている方もいる。

 

A君夫婦は共働き。忙しく過ごすふたりが、平日早朝に実家に立ち寄ることは、基本的にはありません。
今回、お父さんの危機を発見できたのは、本当にたまたまだった。発見が1日でも遅れていたら、そのままひとりで亡くなっていたかもしれないのです。

 

いのちって、本当に、不思議です。

そして、何かに、誰かに支えられていることで、いのちは続いているものなのだと感じます。

 

 

 

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反省

 

 

連載40年を過ぎ、コミックスも100巻を超え、実写映画化も決定した、ギャグ漫画の名作である「パタリロ!」


数多い作品の中で、私の心に残る作品のひとつが、「唇に錠前」。

 

〜「唇に錠前」のあらすじ〜

 

パタリロは、亡き父の法事の席で、目上の親戚に叱られているギイという少年と出会う。
ギイは、パタリロの父親の妹の息子、つまり、パタリロのいとこ。

 

このギイ、成績優秀・スポーツ万能・容姿端麗と、非の打ち所がない男子だが、口が悪くて一言多いのが欠点。
後先考えず、余計なことをすぐ口走ってしまうため、学校でも嫌われている。

 

そんなギイに、発明が趣味のパタリロが与えたのが、「逆転ウォッチ」。
竜頭を押すと、時間が30秒逆行する、腕時計型タイムマシンのようなもの。
タイムワープが得意なパタリロならではの発明品。

 

ギイは早速、学校で余計なことを言ってしまうたびに、逆転ウォッチを活用して時間を巻き戻し、人間関係の修復を図るものの、かえってひどい目に遭ってしまう。
好きな女の子には、痴漢扱いされる始末。

 

そんな折、ギイの母親の依頼で、パタリロがギイの家にやってきた。


ギイは、パタリロに文句を垂れ流すが、一連の出来事がギイの母親にバレてしまい、自業自得だと一喝される。
そして、パタリロが持参した錠前をギイに手渡す。

 

その錠前は、パタリロの父が作ったもの。

 

ギイよりも口が悪く、余計なことを言って人を怒らせていた、パタリロの父。
でもそのたびに落ち込んで、次第に人と話をすることが怖くなり、工作室に閉じこもって錠前ばかり作る日々を送る。

 

そんな日々の中で、彼は、「人を怒らせるのは、口をきくからだ」と気付き、自分の口に錠をかけてしまった。(もちろん比喩的な意味で)

 

それ以後、パタリロの父は、めったに喋らなくなったが、人の言うことをよく聞いて、何かを喋るときは、十分に考えてから口にするようになった。
おかげで、晩年の彼は、聞き上手で、発言することに重みのある名君だと言われるようになった。

 

錠前を通して、パタリロの父の生き方を感じ取って欲しかった、ギイの母。

感銘を受けたギイは、「口に錠を、話すときにはよく考えて、本当に大事なことだけ」を心がける生き方への挑戦を決心する。

 

ギイの挑戦を手助けするために、再度逆転ウォッチが使われる・・・。

 

年を重ねるにつれ、だんだんせっかちになってきたのか、相手の気持ちを考えないまま、思ったことをふと口に出してしまう、ということが増えてきました。人の話を最後まで聞かないまま、話し始めてしまうときもある。

そのことで、相手に嫌な思いをさせたこともありますし、自分に嫌悪感を抱いてしまったことも多々。

 

そういう失敗は、自分の心の中に、澱のように溜まっていって、なかなか消えることはない。
二度としないようにと思っても、再度失敗し、深く落ち込む。澱の量が、さらに増える。

 

若い頃は、どちらかといえば、人の話を聞く側に立つことが多かった私。
でももしかしたら、ただ聞く「ふり」をしていただけなのかもしれない。

いろいろアレな家庭環境だったので、自分を守るために、自分を消したり閉じたりする癖がありましたから。


人の話を聞いているようで、実は聞いていないという、その悪癖が、失敗の第一原因でしょう。

年を重ねるごとに、人って、本当の人間性が表面化しますからね。

 

「思ったことを、その瞬間に話しておかないと、すぐ忘れてしまう」という、加齢による原因もあるのですが、とにかく「聞く」ことを心がけないと、また失敗が増えてしまう。

 

言葉に出してしまうと、もう元には戻せない。

 

「唇に錠前」は、ギャグも満載ですが、私にいろいろなことを教え、反省を促してくれる作品です。

 

 

 

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ドローン

 

 

 

正直に申し上げます。


当初、ドローンというのは、「子供とか、子供の心を忘れない大人のための、おもちゃ」という認識しか、私にはありませんでした。
車のラジコンと同じように、好きな人同士で、飛ばして楽しむだけのものだと。

 

それが、どうでしょう。


ニュースやドキュメンタリー、旅番組など、ドローンから撮影した映像は、今やテレビや映画で普通に見られます。
今後は、物流など、様々な分野への活用も期待されているようです。

 

こんなに普及するなんて、ビックリです。
ドローンをおもちゃ扱いして、ごめんなさい。

 

でも、このニュースを見て、改めて思ったのです。

今から25年ほど前に、既にドローンが存在していたら、日本はどんな事態になっていただろうかと。

 


1995年(平成7年)1月に、阪神淡路大震災が発生しました。

 

もしドローンがあったなら、それも、今よりもさらにドローン市場が成熟していたとしたら、消火活動、人命救助、物資運搬など、様々に活用ができたと思う。

火事場の馬鹿力じゃありませんが、想定していなかった有効な活用法も、現場で生まれていたかもしれません。

 

その一方で、阪神淡路大震災から2ヶ月後に発生した、地下鉄サリン事件。

 

犯人たちは、サリンの入った袋を地下鉄車内に持ち込み、隙を見て袋を破るというアナログな方法で、サリンをまき散らしました。

しかし、この方法だと、持ち込んだ犯人も被害に遭ったり、逮捕されたりするリスクが高い。

 

ドローンを使うと、こんなまどろっこしい方法を使う必要もない。
より広範囲に、遠隔操作で、同時多発テロを発生させることも可能。
犯人が被害に遭うリスクも、極めて低い。

 

考えれば考えるほど、恐ろしい。

 

高性能であればあるほど、便利な道具は、凶器にもなり得る。

人間は今、ドローンに試されている。

 

今後も、さらに便利な物や道具が生まれてくるでしょう。
その都度、人間は道具に試されるんだなと思います。

 

 

 

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諦め

 

 

以前、このブログで「あきらめる勇気」というタイトルの記事を書きました。

 

>>あきらめる勇気 | ひーのためごと★restart
 

これまでたくさんの記事を書いてますので、忘れているものもあるのですが、この「あきらめる勇気」は、公開から10年以上経過した今も、心に引っかかっている記事のひとつ。

 

ただ、あきらめる勇気を持つことで前進できる、違う人生が広がる、ということもあるんだということです。

 

あきらめる、あきらめないということで悩んだり苦しんだりすることは、自分に真摯に向かい合うということです。逃げることなく向かい合って得た結論が「あきらめる」ということであっても、それは決して後退ではない。

 

やみくもに「あきらめるな!」と叫ぶのは、とても危険なことです。
あきらめることで、物事がいい方に向くこともあると信じたいです。

 

引用元:あきらめる勇気 | ひーのためごと★restart


この記事で使った「あきらめる」という言葉が、果たして適切だったのかということが、ずっと気になっていたのです。
どういう言葉なら、ぴったり当てはまるんだろう。

 

それであれこれ調べていたら、名取芳彦さんが2017年に執筆されたネット記事を発見、読んでみてビックリ。

 

>>多くの人が知らない「諦める」の本当の意味 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
 

「諦める」って、今では「断念する」という意味で使われるけど、元々は前向きな意味を持つ言葉だったのか!

 

確かに、私の手持ちの漢和辞典(三省堂・新明解漢和辞典第4版)にも、「はっきりさせる」「物の真実をよく見る」「明らか」「はっきり」「つまびらか」という意味があると記載されています。

 

諦

 

この意味からすると、「あきらめる」という言葉を使っても大丈夫だと思えます。
ただ、「あきらめる」という言葉の意味だけを切り取ると、断念することを賞賛しているような文章になってしまう。

 

何だか悩ましい(苦笑)けれど、言葉の選択は間違っていないと納得できました。

 

言葉の選択には悩みましたが、考えは当時と変わっていません。

 

とかく世間では、「苦しくてつらいけれど、あきらめない」ことが美徳とされがちですが、「苦しみ悩み、自分に真摯に向き合って熟考した末の結果、あきらめる」ことも、認められる世の中であって欲しいです。

 

最後に、名取さんの記事内の文章を転載します。

 

このように、物事が明らかになった時のキーワードが「仕方がない」や「当たり前」という言葉だと思うのです。私は「あきらめる」ための魔法の言葉だと思っています。

 

中途半端な諦めではなく、物事の真相を明らかにした上で諦めたことは、堅固な屋台骨として人生を支え、心おだやかなに人生を歩く上で堅牢な杖になります。


引用元:多くの人が知らない「諦める」の本当の意味 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

 

 

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高齢者の事故

 

 

私は30代で運転免許を取得し、原付バイクを購入しました。

 

人通りの少ない場所で、のろのろとしたスピードで、運転の練習を重ねていた時のこと。

バイクから降り、押して移動させようとした時、誤ってアクセルを軽く回してしまった。

 

「しまった、止めなきゃ」と頭では思っているのですが、アクセルから手を離すことができない。

ブレーキを掛けようにも、なぜか手が動かない。

 

まるで、手がハンドル部分に貼り付いているような感覚。

 

バイクは自走を続け、私は引きずられる。

2〜3メートル先にあった公園の柵にぶつかって、ようやく止まりました。

 

車体に少し傷が付き、ミラーがゆがみましたが、私も他人も柵も、何事もなく済みました。

 

でも、なぜ、手が動かなかったのか。

 

原因として、私の反射神経の鈍さや、とっさの時の判断能力の低さも、もちろんあるでしょう。

しかしそれ以上に、人間って、思いがけない危機に突然直面した時、体が思い通りに動かなくなるものなのだ、普段できていることができなくなるのだと、そのとき初めて実感しました。

 

このところ、高齢ドライバーによる不幸な事故が、相次いで発生しています。
ニュースを見るたびに、私はバイクに引きずられたことを思い出します。

 

確かに高齢になると、反射神経とか判断力は落ちます。
だからこそ、車の運転は控えて欲しいし、自主返納もしてほしい。
運転免許の年齢制限を設けるよう、法律を改正した方がよいのかもしれない。

 

でも、「高齢者じゃないから大丈夫」という話ではない。

こういう事故は、高齢者に限ったことではない。

 

高齢者ではない全ての人が、高い反射神経能力や判断力を、等しく備えているとは限りません。

私がバイクに引きずられたように、突然の危機の時、体が思い通りに動かなくなるというのは、ごくごく普通のことなのです。

 

加害者の責任を追及することも大事だけれど、「こういった事故は、決して人ごとではない」と自覚して運転することが、一番大切だと思います。
事故に遭われた全ての方のためにも。

 

 

 

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令和

 

 

今日、2019年5月1日、令和時代がつつがなくスタートしました。

 

私にとっての平成という時代、うれしかったこと、楽しかったこと、たくさんありました。

その反面、悲しかったこと、つらかったこと、情けなかったこと、生きていてもいいのかと思ったこと、様々な思いが複雑に絡み合い、しんどかった時期も多かった。

 

だけど、今、私は生きてます。
昭和・平成・令和と、3つめの元号を迎えることができました。

 

ここまで何とか持ちこたえられたのは、今まで出会った、たくさんの人たちのおかげです。

時が流れ、今も連絡が取れる方、もうお目にかかれない方、様々いらっしゃいます。

この場をお借りして、本当にありがとうございました。

 

平成最後の日、こんなツイートを見かけました。

 

 

私にとっての令和時代は、悲しいお別れの機会が、きっと多くなるでしょう。
心身共に、年々、少しずつ、思い通りに動けなくなっていくでしょう。

 

年齢的に仕方がないけれど、想像すると、ちょっとつらい。

 

それでも、令和時代を、「楽しかった」と振り返ることのできる時代にしたい。
そのために、自分自身を、まるごと肯定的に受け入れられるようにしたいと思っています。

 

 

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ウチの場合は

▲2019年4月10日付け、毎日新聞夕刊掲載の、「ウチの場合は」。

 


私は小学生の頃、図画工作の時間が苦痛で、仕方ありませんでした。

 

とにかく、絵が下手。
立体的な造形物も、作れない。

 

どんなに描いても造っても、きちんとした形にならないのです。

 

もちろん成績も悪かったので、図画工作の楽しさなんて、全く理解できなかった。つらいだけだった。

 

ユウヤくんの木琴は、確かに下手なのでしょう。モアちゃん(ユウヤの横にいる犬)が、嫌そうな顔してますもん。
でも彼は、発表会に向けて、一生懸命練習している。その頑張りを、担任の小坂先生の明るく前向きな言葉が、力強く後押ししてくれている。

 

私も、こんな先生に巡り会いたかったなあ。
どんなに下手くそでも、楽しさを感じられる授業、受けたかったなあ。

 

 

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京都鉄道博物館
▲2月初旬の寒い日に行ってきました、京都鉄道博物館にて。


この2月で、結婚生活3年目に入りました。

以前にも書きましたが、学生時代の友人だった彼と、とあることがきっかけで30年ぶりに再会、その3ヶ月後に結婚。
これほど短期間での人生の転換は、それまでの人生になかったことです。

まるで、突然目の前に現れた先の見えない曲がり角を、後先考えずに勢いだけで「えいやっ!」と曲がってしまったような感じで始まった、結婚生活。
結婚してからいろいろと考えはじめてしまったため、心が体に追いつかない。

だから最初は、すべてに違和感があり、とてもしんどかったです。
中でも、名字の変更は、想像以上にダメージが大きかった。

50年間連れ添ってきた名字が、入籍日を境に変わる。
名字が変わるということは、半世紀付き合ってきた名前を改名するのと同じ事です。

それも含めて「結婚」という気持ちがあったので、名字の変更に抵抗はありませんでした。
しかし反面、「うれしい」という気持ちにはなれなかった。

何回、名前を書き間違えたか。
何回、旧姓を名乗ったか。

今思えば笑い話の範疇ですが、当時の私は、間違えるたびにイライラしてました。
今までとは違う自分のような気がして。

それに、最初は緊張していても、所詮は他人同士。一緒に暮らすうちに、お互い知らなかった長所・短所が明らかになってきます。
それらを受け入れつつ、意見をすり合わせつつ、新しい家庭を一から構築することは、エネルギーが必要です。

ましてや我々、自分や自分の家族の価値観を優先して生きてきました。
さらに、独身生活50年、「決して譲れない強固なこだわり」の塔を既に完成させているので、余計に大変。

若い人なら、慣れるのも早いだろうし、もっとしなやかに考えを切り替えられるのかもしれません。
でも私の場合は、生活全てに漂っていた違和感が薄れ、全てが体に馴染むまで、1年半ほどかかりました。

幸運だったのは、彼の家族が、本当に普通だったこと。
そして、普通の家族で育った彼もまた、普通の家族のあり方を身につけていたこと。

私が望む「普通の家族」とは、同じ話題で話ができて、同じ方向を見つめて歩んでいける家族。
私の両親があんな感じだったので、「普通の家族」が欲しいと、長年思っていたのです。

緊張でガチガチだった私を、彼と彼の両親は、自然に「家族の一員」として誘ってくれました。
迷ったり悩んだりした時も、「心配するな、なんとかなる」の言葉で、バックアップしてくれました。

私の両親が生きていたら、ここまで自然に彼の家族に入ることができなかったかもしれない。

結婚して、2年。
曲がり角のそばでジタバタしていたけれど、やっと本当の意味でのスタートラインに立てたような気がしています。


イライラしたり、気分が落ち込んだり、アップダウンの激しい日々が続きましたが、これが一種のマリッジブルーだったのかもしれません。
 


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8月6日放送の「NHKスペシャル」のタイトルは、「決断なき原爆投下〜米大統領 71年目の真実〜」
見応えある内容で、引き込まれるようにして見ていました。

実は、以前の記事「私にとっての8月」で登場する先生に担任していただいたクラスには、私のダンナ様も在籍していました。
つまり私たちは、中学2年の時のクラスメートでもあるのです。

今でも忘れることのできない印象的な先生でしたので、私たちはこういった番組に目が行きがち。

番組内では、原爆の投下場所の候補が複数あり、そのうちのひとつが京都であったことが紹介されていました。
候補場所決定の過程で変更にはなりましたが、アメリカ軍部は京都への投下に、最後までかなり執着していたらしい。

それを見て、ふと思ったのです。
もし京都に投下されていたら、私はこの世にいないのだと。

私の母方は、京都市内に住んでいました。
昭和20年当時、母は11才。疎開などはしていなかったはず。
家は伏見稲荷大社の近所だったと聞いているので、市内ど真ん中ではありませんが、それでも大きな被害を受けていたでしょう。

命があったとしても、母の運命は大きく変わったはずです。
父との出会いも、なかったと思います。

あの時代、生まれてくるはずだったのに、消えてしまった命が、たくさんあった。
続いていくはずだったのに、切れてしまった命の連鎖も、たくさんあった。
日本中に、世界中に。

でも今、私は、こうして生きている。

私たちは、たくさんの命を背負って生きている。生かされている。
命を積み重ねられることは、本当に奇跡的なこと。

そんなことを思う、今年の終戦記念日。

 

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