父が入院して、もうすぐ1ヶ月です。

生前の母の最後の勤務先であり、息を引き取った病院に、今、父はいます。
病院へ行くたび、いろいろなことを思います。

母が亡くなって来年で15年、再来年には十七回忌が巡ってきます。

最近、時々思うこと。
先に父が亡くなっていて、今病床にいるのが母だったら、私はどうだったんだろうなってこと。

今でもとほほな私だけど、さらにダメダメだったんじゃないかな。

「なんであんなに元気なお母さんが先に・・・」といろいろな人から言われたけれど、今思えば必然だったのかもしれない。

父が倒れたのは、今から24年前。私が20才になる直前のことでした。
それ以降、約10年間、私は母と二人暮らしを続けました。実家から通学・通勤を続け、ひとり暮らしをしたことがありませんでした。

今だから、断言できます。

母がもし今も存命で、もし私が母と同居し続けていたとしたら、いいも悪いも母のコピーになっていたということを。

特に娘は、実の母親の影響をかなり受けると思います。同居が続けばなおさらです。
形は違えど、母と同じ轍を、私は確実に踏んでいたと思います。

この年になって思うことは、男女の違いなく、若い時にたとえ数年でもひとりで暮らすことは、ものすごく重要だということ。
親から一旦巣立たないと、いつまでも親の影響に引きずられる。

親の思考に似るのはあたりまえだし、決して悪いことではありません。
でもずっと親に守られていると、自分で考えることをしなくなる。

「花嫁修業」「家事手伝い」という言葉が生きていた数十年前なら、それでもOKだったかもしれません。
でも、今は違います。ある程度自我を持たないと、自立心がないと、世間で認知されません。

母が亡くなったのは、私が29才の時。
私が本当の意味で自立への道を歩み出したのは、30代からです。
20代前後からやることを30代からするって、正直しんどかった。

母が亡くなったのは悲しかったけど、大きな転換期でした。

私の周りにいる方々が、いろいろな面でサポートして下さったおかげでもあるのですが、母が亡くならなければ、今の私は全てなかったと思っています。
「これじゃいけない、このままじゃいけない」という気付きすらなかったと思います。

こんな言い方は語弊があるかもしれないけれど、父の病状が芳しくない今、落ち着いて主治医の話を聞き、何とか状況判断ができ、ふらつきながらでも立っていられるのは、母が亡いおかげだと思う。

考えれば考えるほど、喜びも悲しみも、人生の中で意味のないできごとなんて、決してないんだなぁって思います。







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  • 2020.07.22 Wednesday
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