文集


これ、今から30年以上前、私が小学6年生の時、「戦争のことについての聞き書き」が宿題として出されたものを、文集としてまとめたものです。
クラスメートは30人。30家族分の戦争が詰まってます。
ちなみに表紙となったこの絵は、クラスの男子の誰かが描いたと記憶してます。

パソコンなんて当時は影も形もありませんから、クラスメートたちが自筆で文章を書き、先生が印刷してくれました。
ざら半紙というのが、時代ですね。当時のプリント類は、全部ざら半紙でした。

今日は終戦記念日。
ブログネタを求めて、本当に久しぶりにこの文集を引っ張り出しました。読んでみて気付いたのは、ほとんどのクラスメートが両親から話を聞いていること。

そう、私たちは、両親が戦前生まれだった、最後の世代に当たるのです。
ちなみに私の父は昭和10年、母は昭和9年生まれ。大阪と京都でそれぞれ終戦を迎えています。

教育現場では、今よりも生々しく戦争が語られていたはずです。
教師の中にも、戦前生まれの方がまだたくさんおられましたから、実際の経験に基づいたリアルな話が聞けたわけです。

今思えば、やや偏った教育を私たちが受けていたことは確かです。
一例ですが、この歌、学校で習った記憶があり、私は今でも歌えます。当時はこの歌の舞台がどこなのか、全く知らなかった。大人になって、のけぞりましたね。

でも、特に小中学校の頃、戦争について考える機会を持てたことはよかったと、今も思っています。少なくとも私は、戦争についてわからなくても考え続けることは大事だと、いつも思います。
宿題や学校行事を通じて、戦前に大人だった人と子供だった人の両方から生の話を聞けたことは、幸運だったと思います。


文集


私が書いたのは、「祖母の戦争談」。
母方の祖母が文章を書いてくれ、ほとんどそのまま丸写しして提出した記憶があります。

今回、誤字や句読点の位置もほぼそのまま、以下に転載します。
読みにくいので、適当な箇所で改行を入れておきます。また、当時私が付け加えた説明は取り除き、最後に注意書きを入れておきます。

この文章に出てくる伯父二人もいとこも、そして文章を書いてくれた祖母も、既に故人となりました。


 戦争って人間にとっては、思い出すもいやなことです。太平洋戦争でいく百万か、いく千万か数にしても口には言えない程の、若い兵隊さんのギセイ。「天皇陛下バンザイ」と唱えつつ死んでいかれた兵隊さん。何と申すべき、言葉が出ない。

 B29が現れる。「空襲」シューシューとばくだんが所かまわず投下され、見渡す限り焼け野原。子供は学童疎開、家は空襲をさけるため取りこわし作業、女学生・中学生はみんな軍需工場へ勤労動員、又予科練に志願していく。大都会はみんな空襲で、つぎつぎ焼け野原。となり組で町内会の竹やり訓練、こんなことでどうなるのかとでも言ったら、特高警察にたいほされる。千人針で女の人、婦人会の人々 みんな頼んでする何の頼りにもならず、とうとうB29の強烈な白い閃光がはしり続いて巨大なキノコ状の雲がいっきに広がり、猛火が起こり人々は苦しみながら死んでいく。原ばくが広島や長崎に投下されやっと終戦となったが、炎の間に住む家も焼かれ食料も思うままには口にはいらぬ人々、焼かれなかった所はよかったと思っても思い返すも口には言えない気持ち。

 買い出しの帰りがおそくなり、堺の空襲で空が昼のように明るくしゅうしゅうと落ちるのを京阪電車の中でみて、「ああ、なんとかならぬものか」と思った。けれど、京都の深草(*1)には聯隊がいくつかあり師団司令部などあり、兵隊さんのはげしい動き、くつの音、馬のいななきなどが今だに耳の中に残っている。子供も二人(*2)、三高(*3)より、幹部候補生として臨時徴集で出ていき、兄は満州で応召になり二人の子供もお役にたつため、私たちは一心に神仏にお参りした。空襲警報には、幼い孫の手(*4)を引いて防空ごうに入るたび泣く子つれて入った。京都はさいわいに空襲にはあわなかった。けれどある日奈良線の大久保(*5)で敵機が火をふいて落ちるのを見て、みんな手をたたいて喜んだのを覚えている。親せきの年寄のおじさんの言われるには、
「住む家を焼かれ、住む所もなく食料も思うままに口にはいらず、自分ながらよくも生き長らえたこと、神仏の加護かと心から感心している。今さら思いおこして戦争のことなど、口にしたくない」
と言っている。

 20年8月15日に天皇陛下の終戦の宣言により終戦となったが、子供はソ連に三年も抑留され、最後の引きあげ船であったが衛生兵であったので、無事帰国しました。(おわり)


(*1)母方は、京都に居住していました。深草というのは現在も残る地名で、伏見稲荷大社のすぐ近くに位置します。京阪電車の駅名にもあります。
(*2)母は7人兄弟。上3人が男性で、残りは女性です。戦地に行ったのは、2番目と3番目。
(*3)現在の京都大学の前身の一つとなった旧制高等学校です。
(*4)母の一番上の兄の子供、つまり私のいとこにあたる人です。
(*5)現在の近鉄奈良線の大久保駅近辺だと思います。




豊かさを享受する私たちには、想像を絶する時代でした。

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  • 2020.07.22 Wednesday
  • -
  • 23:48
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Comment
私はこの曲を知りませんでした。イムジン河なら少しは知ってるんですが…
それでも韓国語を学ぼうとしなければ私は今でも38度線の意味すら知らなかったかも知れません。

私も今年はこれまでになくたくさん戦争関係の記事を書かせて頂きました。
仰るように私らはかろうじて親が(私の母は昭和7年)空襲の体験者ですが、今の若い人の親御さんとなるとまず戦後世代…へたしたら私らと変わりませんよね。
そんな世代の人にも私が聴いたり知ったりしたことを伝えたくて、あえてガンダムとの比較論として展開させてもらったのがよかったようで、若い人のお客さんもいくらかおられたようです。

一昨年、他界した叔父は満州へ出兵してましたが、結局息子であるいとこにもその時の体験を一切話さないままだったそうです。もうひとりの叔父は潜水艦乗りで健在ですが、やはり話したがりません。
そしてあとひとりの叔父は19歳でビルマで戦病死と伝えられています。叔父たちはみな藤森神社から出兵していったそうです。

もう、私たちが次の世代へ伝えなければならない時が来ていると実感しています。
コメントはさせていただけなかったですが、戦争シリーズ、読ませていただきました。ガンダムの比較論は新しいけど、私ガンダムを知らない・・・。ちょっと歯がゆかった。

それでもおっしゃりたいことは伝わってきたので、私も見習って少しは何か書かなきゃ、って思って書いたのが、今回の記事です。

戦争経験はなくても、私なりにできることを、少しでも発信していけたらいいなと思いました。

私の祖母(大正14年生)に戦争のことを聞いても、
思い出したくない、と言って、何も話してくれませんでした。辛い思い出が沢山あったんだとと思います。
もっと聞いておけばよかった・・・。


多分、奈良線の大久保は、近鉄京都線の大久保ですね。
近鉄京都線は、昔、京阪系列の奈良電気鉄道という会社だったそうです。奈良線と表現されているのが、リアルな感じがしました。どうでもいいところで突っ込んですみません。
コメントを読ませていただいて、戦争のことを語っているのはごく一部の方なんだな、って感じるようになりました。
誰しもあんなつらいこと、なかったことにしたいですからね。おばあさまの沈黙が、戦争がいかにつらかったか、雄弁に物語っていますね。

奈良線って、そうだったんですね・・・。調査不足。ご指摘、ありがとうございます。
京都を走っているのに奈良線って、なんだか違和感がありますが。





   
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