発売日に、図書カード握りしめて、買いに行きました。

たった半年だったけど、親子4人が家族になれて、よかったね。
最期のことばを、最愛の人に言えた父さん、幸せだったね。
最愛の人から、最期の言葉を聞けた母さん、幸せだったね。
最愛の人の、最愛の子供達がそばにいて、よかったね。

最愛の人を、最愛の人のそばで看取ることって、人間にとってとても幸せなことなのではないかと思え、涙が止まらなかったひとときでした。

しあわせのおすそわけ、ありがとうございました。



母が京都の人でしたし、母の母(祖母)も近所に住んでいたので、我が家の行事や料理はもっぱら京都風でした。
祖母も母も今は亡く、父も施設暮らしなので、正月はいつもひとりです。だから、これといってお正月の用意をする必要もないのです。
ですが、私はクリスマスよりもお正月の方が気持ちが高ぶります。おせちは市販品で間に合わせていますが、雑煮だけは毎年こさえています。

そんなわけで、ひー流「なんちゃって京都風」の雑煮です。母が作っていた雑煮の手順を少々はしょったり変えたりして、完成したものです。
ちょいと画像がぼやけていますが、湯気のせいですよ。

ひー流「なんちゃって京都風」の雑煮

他にも入っていたかもしれないですけど、私の雑煮は、雑煮大根・金時人参・海老芋の3点セット入りです。金時人参は比較的年中見ることができるようになり、雑煮大根も年末になると必ず手に入ります。でも海老芋が油断禁物具材で、去年はゲットできずに悔しい思いをしました。違う芋を入れたのですが、おいしくなかった・・・。

大根と人参は丸く切り、海老芋は切らずに丸のままいただくのが、我が家流です。小さい頃はこの海老芋を食べるのが苦痛でした。子供には決しておいしいと思える代物ではないですしね。でも食べないと「ちゃっちゃと食べ!」と母に怒られるし・・・。気が重かったことを思い出します。
味噌は本来は白ですが、雑煮だけのために白味噌を買うのがおっくうで、普通の合わせ味噌を使っています。
餅は丸餅。本当は具材と一緒に煮ていただくのですが、私は焼いてから雑煮の椀に入れます。その方が香ばしいのです。

そんなわけで、あけましておめでとうございます。
去年の8月から更新がストップしている、へたれなこのブログ。でも今年は、頑張って書きます。何とぞ気長におつきあい下さい。

去年も、いろいろなことがありました。
特に昨秋、また追々書かせてもらいますが、ちょっと思い切った決断をしました。そんな中で思ったこと。

世間ではよく「あきらめるな」と叫ばれますが、あきらめる勇気を持つことも必要なんだなって。

いえ、別に、何でもかんでもあきらめろ、という意味ではないです。
ただ、あきらめる勇気を持つことで前進できる、違う人生が広がる、ということもあるんだということです。

あきらめる、あきらめないということで悩んだり苦しんだりすることは、自分に真摯に向かい合うということです。逃げることなく向かい合って得た結論が「あきらめる」ということであっても、それは決して後退ではない。

やみくもに「あきらめるな!」と叫ぶのは、とても危険なことです。
あきらめることで、物事がいい方に向くこともあると信じたいです。

貧しい時代は、あきらめないことが勇気のいることだった。望んでもかなわないことが、あまりに多かったから。
でも今のような豊かな時代には、あきらめることに勇気が必要です。だって、選り好みさえしなければ何とか生きていけるから。あきらめるきっかけがつかみにくいのです。

昨年子供達の自殺が多かったですが、彼らが「あきらめる勇気」を持っていれば、またそのことを教える大人が近くにいれば、彼らは死ななくてすんだのではないかな、と思います。

あきらめることと、あきらめないこと。この相反する感情を自分の中でどう処理するか。
これを身に付けることこそが、大人な人間への第一歩なのではないでしょうか。

てなことを久々にまじめに考えた私です。
今年もよろしくお願いします。

時々、ネットオークションを利用する。
個人的な売買をすることもあるけれど、友人の代理で売買をすることもある。

昨年ある友達に頼まれて、コンサートチケットの落札にチャレンジした。
発売と同時に売り切れてしまった人気アーティストのコンサートチケットが、ネットオークションに出品されている。できれば手に入れたいのだけれど、ネットオークションをしたことがないし、もしものトラブルが怖い。
そんな相談を持ちかけられ、私が彼女の代理で作業をすることにしたのだ。

彼女が出した条件は、以下の3点である。

●大阪で行われる2日間の公演のうちの1日。取れれば日程はどちらでもいい。
●正価1枚8,000円だが、10,000円までなら支払う。
●希望枚数は2枚。友人と行くので、できれば連番で。

チケット取得目的でネットオークションを利用したのは、今回が初めてだった。「チケット」というカテゴリーの中をのぞいたのも、初めてだった。
友人の条件に合うチケットに入札を繰り返したが、全く落札できない。
作業を続けているうちに、だんだんむかついてきた。落札できない、ということに対してではなく、このカテゴリーのあまりの理不尽さに。

都合で行けなくなったから出品します、という個人の方が出品されているチケットも、あるにはある。しかしほとんどは、先行予約やらファンクラブ優先枠やらを駆使して大量に手に入れた、個人か業者によって出品されたチケットなのだ。

発売されたと同時に売り切れたチケットが、間をおかず一気にオークション市場に放出される。
人気アーティストなので、入札希望者も多い。オークションだから、一番高い値段を付けた人が落札する。だから正価で出品すると、当然価格はどんどん上がる。アリーナ席やらステージ正面などの良席だと、8,000円のチケットが数万円まではねあがる。
1万、2万は言うに及ばず、即決価格(出品者の希望落札価格。この価格で入札すればオークションはその時点で終了し、入札者が落札者となる)に、8万だの9万だのといった価格がちらほら存在したりする。

何度も言うが、チケット1枚の正価は8,000円である。開いた口がふさがらないとは、このことである。

立ち見席も正価では買えない。それどころか、コンサート当日に会場窓口でチケットを購入するための引換券まで出品されている。
もちろん、引換券は無料である。原価ゼロのものに、値段がつくのである。

出品すれば間違いなく、かなりの高値で売れる。むろん、代金先払い、送料別途。取りっぱぐれはない。
公演が終わってしまえば紙くずなので、不良品だの返品だのというトラブルもない。
チケットを大量仕入れするための人件費や出品手数料等を差し引いても、かなりの利ざやがある。
そしてほとんど、パソコン前での作業でことが足りてしまう。
うはうはな世界である。

たいしてチケットをほしくもない人が大量のチケットをちらつかせ、本当にそのアーティストのファンで、チケットがほしくてたまらない人が、高いお金を支払って買う。

昔はコンサート会場近くに、たくさんのダフ屋のおっちゃん・おばちゃんがたむろしていた。最近では取り締まりが厳しくなって、数は減ってしまったけれど、このダフ屋さんたちと、チケットを買い占めてオークションで売りさばいている人と、どこがどう違うというのだろう。

わざわざ会場まで足を運び、「チケットないか、あったら買うで。チケットない人、売るで」と低い声で呼びかけるダフ屋のおっちゃんたち。その取引は、あくまでアングラ。近寄らなければ関わり合いにならずにすむ。
だけどオークションは、老若男女平等に解放されたオープンな場。そこで胸を張って高値のチケットを堂々と売りさばく行為は、絶対おかしい。

高いチケットを購入したくないなら、情報を制するべきだ。出品者はそう反論するかもしれない。
だけど、全員が全員、情報を得られる環境にいるとは限らない。テレビのない生活をしている人だっているように、パソコンを持たない人だって当然いる。パソコンはスイッチを入れてそれで終わり、という機械ではないのだから。

最近、テレビ番組とかを見ていると「詳しくはホームページをご覧下さい」というアナウンスがあったりするが、あれだって逆差別だと思う。
パソコンを持たない人、インターネットを知らない人は、自動的に情報から隔離されてしまうのだから。

アーティスト側から見ても、損害は大きい。
主催者側が決めたチケット代金8,000円の中には、アーティストとファンの夢をかなえる値段も含まれているのだ。だから、支払う額においては平等であるべきだ。

チケットは結局、手に入れることは不可能だった。
子育てや仕事に追われる日々の中で、時間と費用を捻出して行きたかったコンサートに、彼女と彼女の友人は行けなかったのだ。
それも理不尽とも言える、価格高騰のせいで。

なんとかならないものなんでしょうかねぇ。


1月10日は、私の母の祥月命日である。早いもので、13回忌である。
正月早々ということもあり、昨年12月にお寺さんに来てもらい、法要を勤めてもらった。
ちょっと悩んだのだが、父にも参列してもらうことにした。

昨年70歳になった父は、車いす生活20年以上の、口の達者な障害者である。
大人になった瞬間がないのではないかと思えるほど、わがままな人である。
「地球は自分のために回っている」と豪語する人である。
落ち着きが全くなく、目を離すとすぐどこかに行ってしまう。それをとがめると、「あほ、ぼけ、かす」と怒鳴り出す。
人の言うことなど全く聞かず、自分の話したいことだけしゃべり続ける。
脳みそが口元にあり、何の脈絡もなく、後先のことなど全く考えず、思ったことを口に出す。

実は、母が亡くなったことを、私はずいぶん長い間、父に告白できずにいた。母は病気で、ずっと入院していると言い続けていた。
母が入院したことを初めて知ったとき、父はかなりのショックを受け、体調が悪くなったのだ。そんなこともあり、どうしても勇気がわかなかった。
老健施設に移動する前にお世話になった病院のケースワーカーさんの手助けで、父に本当のことを伝えることができたのは、母の死から8年後のことだった。

母が亡くなった時、父は病院にいた。
それまでも母は父のことで、苦労に苦労を重ねていた。父がやんちゃをするたびに、その尻ぬぐいをするのは母だった。
父を家に連れ帰ると、心の安まる暇がなくなる。そう判断した母は、父に里心をつけないために、家に連れ帰ろうとはしなかった。母の死後、私もそれを踏襲していた。
そんなわけで父は、半年から1年ごとに様々な病院を転々としていた。新しい場所になじんだ頃に、移動という月日であった。
その後、老健施設での生活を経て、現在は老人マンション的な施設でお世話になっている。

現在の場所での生活も2年を超え、父もすっかり生活のリズムをつかみ、落ち着いてきた。
移動の日々が続いていたこともあり、私は母の葬儀や法要に父を呼んだことはなかった。年月が経ち、やっとチャンスが来たと思えたのだ。

施設の方に家までの送り迎えをお願いし、父を迎える段取りを整えた。
父を家の中に招き入れるのは、20数年ぶりのこと。7年ほど前に家を建て替えたのだが、それからはもちろん初めてのことである。

父は部屋の中をきょろきょろ見回し、とにかく落ち着きがない。到着が少し遅れたので、もう既に読経が始まっていたが、そんなことは気にせず、自分のしゃべりたいことをでかい声でしゃべる。その口を止めるのに、一苦労である。

ちっちゃい子供が訳もわからず騒ぐのと、同レベルである。

法要と法話が無事終了しても、父は御前さんにしゃべり続ける。御前さんは、うちの法要のあとも予定が入っている。だが、そんなことを気にする父ではない。
やっとのことで外に出た御前さんは、ひとこと。

「ようしゃべるお父さんですね〜」。

父を送ってきてくれたスタッフ(男性)は、法要の間、車の中で待っていてくれた。その彼を呼び、3人で寿司を食べた。
父は間断なくしゃべり続けるが、もうたいがい聞き飽きたことばかりである。

大型トレーラーの運転手をしていた時代、配送のために工場に入ると、落ちている鉄くずやダンボール(当時は高く売れたそうである)を勝手に持ち出し、売り飛ばして酒代にしたこと。
重量制限など気にせず、木造の橋を渡り、その橋を壊してしまったこと。
飲酒運転をしていてパトカーに追いかけられ、職務質問をしようとした警官をどつき、公務執行妨害で現行犯逮捕されたこと。
その昔、ヒロポンを常習していたこと。
引っ越しの荷物を運び、作業が終了すると、進められるまま酒を飲み、大騒ぎしてから帰途についたこと。(その途中で、おみやげに持たせて貰った酒を飲んでいたらしい)。
アルコール中毒症で入院中も、病院を抜け出して酒を飲んでいたこと。

父の話の大半は、ほとんどが犯罪まがいの突拍子もないことばかりである。
でも父は、それを隠そうとしない。むしろ、どの人にもうれしそうに話している。
父の介護に少しでも携わったスタッフはすべて、この「機関銃トーク」の洗礼を受けている。

若い頃から無茶をしたせいで、50歳になる前に倒れてしまったというのに、何も後悔していない。
「あの頃は楽しかった」と、きっぱりと言い切る。
今のような体になったのは、運が悪いからだと言っている。
まじめに仕事をしていたのに、なんでこんなになってしまったのだと言っている。

鉄くずやダンボールを拾ったのは、「落ちとったからやんけ」と言う。
警察官を殴ったのは、「偉そうに言いよるからやんけ」と言う。
橋が壊れたのは、「橋がぼろいからやんけ」と言う。
ヒロポンは「薬局で売っとったし、みんながやっとったからやんけ」と言う。

絶対に自分が悪いとは言わない。
どんな時でも、自分を正当化する。

そんな父を見ていると、私はなぜこの父の子供として生まれてきたのだろうと思う。
父が母と一緒にならなければ、母の兄(私の叔父)が父に母を紹介しなければ、父が前の嫁さんに逃げられていなければ、私はこの世にいなかった。

私がここにいるということ。
父がここにいるということ。
母が既に亡いということ。

すべてが、偶然である。たくさんの偶然が重ならなければ、私はここにいない。
そして、偶然から始まったことが、必然となっている。

私は一生、この突拍子もない父の子供であり続けなければならない。
その運命には、決して抗えない。
どうして、私だったのか。私でなければならなかったのか。
私でなければいけないのか。

私でなければいけないのなら、私にしかできないことがあるのだろう。
それは父に対してだけでなく、私に関わりのある人すべてに同じ事が言えるのだろう。
私が今ここにいるということは、そういうことなのだろう。

母は死んで、父は生きて、私にそのことを教えてくれているのかもしれない。



寒さもやわらいで、抜けるような青空が広がったお正月。


冬晴れ


あけましておめでとうございます。
いやなことやつらいことがあっても、折にふれ空を見上げて、大きく伸びをしたりする、そんな心の余裕を持ち続けられる自分でいたいと思っています。
今年もマイペースで、ホームページやブログを続けていきます。

みなさんと、みなさんの周りの人たちにとって、良い1年でありますように。


今日は本当にいい天気で、雲一つない青空の下で桜が咲き誇っていました。
咲く季節と花の色、咲いた瞬間に散っていく儚さ。桜ほど日本での自分の役割を知っている木はないような気がします。
桜の木の下に座って上を見上げ、写真を撮ってみました。

さくら

大阪は明日から雨らしい。今日でお花見日和は最後でしょうね。




さくら
さくら
ケツメイシ, Naoki-t, YANAGIMAN

先日、漫画家・又野尚さんから私にメールが届いた。
joris374さんのブログ「傍線上のアリア」に書かれていた自分に関する記事を、たまたま目にしたらしい。

joris374さんのブログ「傍線上のアリア」内の記事「社内の噂」

又野尚さんに関することはちょくちょく書いているが、今一度説明すると、彼女は現在四コマ漫画雑誌「本当にあった愉快な話(略称:本愉)」で「社内の噂」というOLものの作品を長期連載している人である。
ちなみに私と彼女とは高校時代の同級生である。
 

−過去に書いた私の又野さんに関する私の記事の一部−
何が何だか
マンガレター
又野尚先生、里帰り
又野尚先生、私をこき使う
又野尚先生、気絶する

 


又野さんは結婚を機にOLをやめ、現在はご主人と2人の子供の4人家族。まだお子さんが小さいので、仕事と家事とママ友との交流で大忙しの日々を送っている。
彼女がOLをやめてから、もうずいぶん経つ。本愉は原則、読者からの投稿を元にした作品が掲載されている。だけど、読者から寄せられるネタ以上に、彼女自身が取材を重ねて掻き集めたネタが多く、その努力と根性はものすごいものだ。
「社内の噂」連載開始から約10年。アシスタントさんなど当然おらず、1人でせっせと作品を描き続けるプロ根性には、脱帽である。

ご主人の転勤で大阪から東京に転居したのがきっかけになって彼女の活躍の場はさらに広がり、本愉だけではなく別の4コマ雑誌にも連載を持つようになった。傍から見ると順風満帆に見えるが、彼女はよく悩む。

いつまでOLものを描き続けられるか。
これからどんな作品を新たに描いていけばよいのか。

私は以前の作風よりも、現在の作品の方が好きだ。joris374さんも指摘する「OLの実態を通して女性の普遍性を描く」鋭さは今の方が鋭いと思うから。彼女の女性に対する視点は、彼女独自のものである。だから、「OL」という枠にはめこまず、その視点のおもしろさを作品に生かせばいいんじゃないか。

そんな意味合いのことをしどろもどろに話したりするけれど、私の意見は所詮「身内」のものだ。
実際問題、激励・批判共に彼女にとって励みになる意見はなかなか寄せられないらしい。

たまたまjoris374さんのブログにぶち当たった彼女、作品自体を褒められたことよりも、客観的な感想が何よりも嬉しかったらしい。
全く見ず知らずの女性が、自分の作品についてとても建設的な意見を書いておられた。そのことがこんなに嬉しいことなんだということを実感した、と私にメールで伝えてきたのだ。

文章だけで他人に自分の気持ちを伝えることは、本当に難しい。事実メールが普及してから、自分の気持ち押し込めすぎて結局何を伝えたいのかわからない文章を読む機会が、最近とても増えたもの。
でも、その気持ちが伝わった時には他人に強い力を与える。自分自身の生き方や方向性を見直すことができたり、熟考する機会を持てたりする。

又野さんの喜びのメールを読んで、文章には人に勇気を与える強い力があるんだと、しばし思った。


 

 

最寄りの駅に行く道筋にある家に、1匹の飼い犬がいる。かなりの高齢とみえて、もう足腰がよたよた。いつもへたりこむように座っているか寝ころんでいるか、どちらかだ。

今年の夏はかなりきつかったとみえて、たぶん涼を求めてのことだろう、側溝の鉄のふたの上によく寝ころんでいた。そこに日が差すようになると、また微妙に場所を変えて、ぐったりと寝ころんでいた。

この家ではセンサー付きのライトをつけておられる。人が通ると電気がついて、しばらくすると自動で消灯するという、最近防犯目的でよく使われているライトである。
この老犬にとって更に運の悪いことに、このライトが犬の居場所で点灯・消灯を繰り返すのだ。たぶん、ストレスたまってるんじゃないかなぁ。

飼い主はいるはずなのに、なぜか存在感がない。老犬の周辺は、いつも雑然としている。その家の前の道を通る人たちは、誰しもその老犬を見つめながら通り過ぎていく。中には、心配そうなまなざしを向ける人もいる。

そしてその老犬は、今日も、何も言わず、ほえず、ただぼんやりとへたりこんでいた。

「だいじょうび」事件の後、スポーツクラブのパウダールームにて。

髪の毛を乾かそうと鏡の前に座ると、2人の女性が部屋の隅っこで話し込んでいる。2人ともたぶん30代半ばから後半くらいの感じ。

ドライヤーの音で聞こえにくい箇所があったのだけれど、A嬢がお見合いをしたのだが、ほんの2〜3回会っただけで婚約・結婚という話まで進んだそうなのである。相手側は大乗り気なのだが、彼女はそのあまりの早さにとまどい、B嬢に相談している様子なのである。

私が鏡の前に座ってからパウダールームを出るまでに、約10分間。2人はずっと真剣に話し合っていた。そして私がドライヤーのスイッチを切った、まさにその時である。
犬を飼っているらしいA嬢に対し、B嬢はこうきっぱりと言い放った。


「あんたな、犬がごはんをおいしい、って言って食べてくれるか? やっぱり、犬より人やで」


「よかったなぁ」ってA嬢に声を掛けるB嬢と一緒に、私も思わずうなずいてしまった。

あぁ、結婚ってこういうことなのね。


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